
足利の住宅街に佇む一軒の家。 厚みのある銅板の庇(ひさし)、やわらかな木の香り、静かに発電する屋根——。
かつて建築士の父の背中を見て育ち、工芸を愛し、今は自らリノベーションを重ねながら暮らす施主がいる。
「いかにも“載せてます”という太陽光は嫌だった」と語る彼女が選んだのは、風景を壊さないエネルギーのかたち。
屋根一体型太陽光「Roof-1」とともに暮らす日々には、手仕事の記憶と未来へのまなざしが静かに息づいている。

「この家を見た瞬間、ここに住みたいと思いました。」
彼女がそう語る理由は、屋根の下に伸びた庇だった。少し厚みのある銅板が青く変色し、やがて緑青をまとってゆく——その時間の重なりが美しかった。
「この銅板がね、少し青くなっているんです。昔ながらの厚みのある銅。そこに惹かれたんです。」
この家の屋根を太陽光にすることを考えたとき、最初に浮かんだのは“景観を壊したくない”という想いだった。
「いかにも“載せてます”というパネルは嫌で。せっかくの銅板の美しさを打ち消してしまうようなものは、絶対に載せたくなかった。自然と馴染むものでなければ意味がないと思ったんです。」
太陽光に対する親しみは、幼いころからの記憶にある。
「父が建築士で、工務店をやっていたんです。昭和の時代からソーラーを取り入れていて、子供の頃から“太陽の力で家が動く”という感覚を当たり前のように感じていました。」
彼女にとってソーラーは“流行のエコ”ではなく、“自然と共にある技術”だった。
「父は環境に優しいものが好きで、どんな素材も“自然に戻るかどうか”で選ぶ人でした。太陽って、どこかから持ってくるものじゃない。毎日そこにある光でしょう? それを使うって、理にかなってると思うんです。」
足利に戻ってリノベーションを始めたときも、彼女はその思想を大切にした。 「メガソーラーのように景色を壊すのではなく、屋根の一部として静かに光を生む。ご近所の方も、うちが発電してるなんて気づかないと思います。」

彼女の原点は、工芸だ。
「大学は工芸科で、陶芸やガラスが大好きでした。素材の声を聴くというか、“時間が染み込むもの”に惹かれたんです。」
母は小さなギャラリーを営み、クラフトや漆器、手仕事の品々を扱っていた。 「家の中にはいつも作家さんの作品があって、自然と“作る人になりたい”と思ってましたね。」
家のリビングには、一脚の古い椅子と、青いガラスのグラスが置かれている。 「このグラスが、物をつくる人になりたいと思ったきっかけなんです。小さい頃“こんな美しいものを作りたい”って思いました。」
手で作るものへの敬意。そのまなざしは、今も屋根や木の細部に向けられている。

「この家は和風建築工法で建てられていて、瓦の桟が太くてしっかりしてるんです。だから、古民家のような“重み”を感じながらも、今の暮らしに合わせたかった。」
Roof–1の葺き替えリフォームを選んだKさん。屋根を変える工事は2週間ほど。住みながらの施工でも、不安はなかったという。
「瓦を外した後すぐに防水処理をしてくれて、地元の工務店さんの仕事も丁寧でした。あっという間に終わって、ストレスもなかったです。」
屋根の下には蓄電池も導入した。災害や停電、将来の不安に備えての決断だった。 「地震が多い時代だから、屋根が軽くなるのもいい。年を取っても、自分の家で電気が作れるのは安心ですよね。」

Roof–1導入後、暮らし方にも変化が生まれた。
「電気代が月2,000円くらいで、売電で同じくらい戻ってくる感じ。曇りや雨でも意外と発電してくれるし、今ではほぼプラマイゼロです。」
彼女は笑って、「節電を意識するようになった」と続ける。 「電気の使い方を“見える化”できるのが面白くて。自分で作って、自分で使う。それがすごく気持ちいいんです。」
物価やエネルギー価格が不安定な時代。彼女は“自分の屋根で電気を作る”ということを、ひとつの生き方として受け止めている。 「今って、世界でいろんなことが起きてるじゃないですか。戦争とか、インフレとか。自分じゃどうにもできないことばかり。でも、屋根の上で自分の電気を作ってると思うと、少し安心できる。未来に向けて、自分の手で灯りを守ってるような気がするんです。」

リビングの椅子は、マルセル・ブロイヤーの「ワシリーチェア」。彼女の父が昔、友人に譲ったもので、数十年の時を経て、再び彼女のもとに戻ってきた。 「小さい頃、この椅子に座って絵を描いていたんです。その椅子が“帰ってきた”瞬間、涙が出ました。」
父の建築、母の工芸、そして彼女の選んだ太陽光の屋根。すべてが一本の線でつながる。 「昔の家って、全部人の手でできてたんですよね。木を削って、瓦を並べて。そういう手の跡を感じるものを、これからも大切にしていきたい。」

東京で長く暮らしたのち、家族の傍に住むために地元へ戻ってきた。 「やっぱり地元に拠点があるのはいいですよね。父が建てた家を覚えてる人もいて、そういうつながりが嬉しい。」
夕方、銅板の庇が柔らかく光を返す。風が抜け、屋根の上では静かに発電が続く。 「私にとって太陽光は、設備じゃないんです。風景を壊さず、未来に残していくための選択。屋根も木も、銅も光も——すべてが時間の中で馴染んでいく。それが一番、心地いいんです。」