
八ヶ岳南麓の朝は、澄んだ空気とやわらかな光で始まります。 しかし、ここは“何も音がしない世界”ではありません。裏手では、数人の住民が木の剪定作業をしていました。枝を落とす小さな音が響き、集落の朝の気配がゆっくりと流れていきます。その生活の音が、この建物が確かに“集落の一部”であることを教えてくれました。
朝日を静かに跳ね返す黒い屋根を太陽光パネルと気づく人はほとんどいないかもしれません。
ここに建つのは、建築家であり北杜市で「松ノ前停留所株式会社」を営む藤井さんが手がけた、小さな実験住宅です。
藤井さんは、鎌倉で長く暮らし、都内のデザイン系不動産会社などで空間づくりや建築の企画に携わった経歴を持たれる建築家です。デザインやアートの世界に身を置きながら、一方で“暮らしは風景の一部であるべきだ”という考えを自然豊かな北杜市で実現されています。
鎌倉は光の質、文化の層、街の気配が好きで長く住まわれていたそうです。
しかし、1998年に移り住んだ頃と比べ、街の表情も人の動きも変わり、「次の暮らしへ向かいたい」という感覚が静かに芽生えたことがきっかけで北杜市に移住。
「僕自身、“動く人間”なんです。どこかで、次の場所に行きたい気持ちが生まれてくる。」
その感覚は、会社の名前「松ノ前停留所株式会社」にも刻まれています。
現在は八ヶ岳南麓の北杜市に拠点を移し、アートギャラリーのボードメンバーとして企画に関わる一方、集落では組長として地域の行事や清掃に参加しています。デザインやアートといった創造的な領域に軸を置きながらも、表面的な“かっこよさ”ではなく、哲学と行動を暮らしの現場で実践する建築家。
鎌倉を離れる決意をしてから、染織を営む奥さまとともに、房総、栃木、長野、静岡……半径2〜3時間の距離で候補地を訪ね歩き、最後に出会ったのが八ヶ岳南麓だったそうです。
初めてこの土地に立ったとき、藤井さんを動かしたのは“光”。
「鎌倉でも感じた“明るさ”がここにもあったんです。気候だけじゃない、人の気配や文化が重なった光でした。」
森の中で暮らすのか、それとも集落で暮らすのか。家族の希望と、自身が抱えていた“集落文化の循環を学びたい”という思いが交差する中で、
「森は、広い土地を買えば自分でつくれる。」
半ば冗談のように語られたその言葉で家族を説得し、この地への移住を決め、そしてその選択が、のちの「Microbird」の思想を形づくる重要な土台となりました。

藤井さんは「自分が住みたい家」をつくり、それを賃貸や宿泊、販売へと展開しています。
そのプロセスの中で浮かび上がってきたのが、「エネルギー負荷の大きい土地で、どのように快適さと自然の力を両立させるか」という問いでした。
八ヶ岳南麓の北杜市は、標高が高く、冬の寒さが厳しい地域です。
そのため、暮らしの中でどのように暖を取るかは、住まいを考えるうえで避けて通れないテーマになります。
自然豊かな環境へ移住や拠点を構えたいと考える人にとって、
薪を使った暖房や、火を囲む時間のある暮らしは、ひとつの憧れでもあります。
北杜市は標高が高く、冬は厳しい。
「薪だけで冬を越えるのは、憧れだけでは続かないんです。」
テクノロジーだけに頼り切る暮らしも、どこかで無理が生じます。 自然と技術、その間の“バランス”こそが藤井さんの求める答えでした。
「Microbird」という名前には、そんな思いが込められている。 マイクロ=小さいこと、そしてバード=軽やかに移動する存在。 「暮らしを軽くする」「そろそろ、大きく暮らすのをやめよう」というメッセージを、ひとつの住まいのかたちとして提示したかったという。
当初はトレーラーハウスとしてつくる案も検討していたそう。ーナンバープレートを付けて移動可能な小さな家にするか、建築として腰を据えた家にするかー。 ギミックを詰め込んだ“動く家”ではなく、土地と関係を結びながらも、暮らしのボリュームをコンパクトに保つ——。熟考の末に、藤井さんは建築としての「Microbird」を選んだ。
こうして、「Microbird」は“必要なものだけを残し、無駄をそぎ落とした小さな家”として形づくられていった。

「Microbird」はわずか35㎡。その小ささは制約ではなく、藤井さんが“これで十分”と考え抜いた結果でした。
空間はひとつながりのワンルーム。玄関から入ると、リビングがあり、中央にキッチンと水まわりがまとめられ緩やかに寝室へと続きます。扉は最小限。
断熱は、セルロースファイバーを壁内に充填し、その外側を高性能の断熱材で包む二重構成です。
藤井さんがセルロースファイバーを採用した理由の一つは、壁面を柱と一体化させないためだそうです。吹き付け断熱のように固着してしまう工法ではなく、解体時に取り外しや再利用がしやすい構成を選んだのだそう。
寝室部分は床下断熱も施し、外部の冷気を直接受けにくい構造に。さらに中央以外の床は根太を使わず、断熱ラインを切らさない設計とすることで、室温のムラが生まれにくいよう配慮されています。
床は40mm厚の飫肥杉。素足にやわらかく、時間とともに風合いが育つ。壁は白で整え、寝室にはラワン合板と柿渋の落ち着いたトーン。過度な装飾はなく、素材が持つ風合いで空間をつくっています。
収納は必要最小限。藤井さん曰く「この家で暮らす人には、相当ものを減らしてもらわないといけない。自分で“見せてもいいもの”だけを手元に残して暮らす空間なんです」。
小さくつくることは、エネルギー効率の最適化にもつながります。容積を絞り、気密・断熱を高め、寝室には壁掛け式の熱交換器を設置。わずかなエネルギーでも、快適さを維持できる構造に。蓄電池と合わせれば、生活をオフグリッドに近づけることもできるように考えられています。
35㎡という最小単位は、“無駄なく、軽やかに生きるための住まい”。「Microbird」はその思想を端的に示す、小さな実験住宅なのです。

移住後、藤井さんは集落の自治組織(区・組)に入り、清掃や神事など季節の仕事に参加する中で、里山に息づく“循環の文化”を知ることになりました。
インタビューの中で、藤井さんから聞いた言葉の中で、とても印象に残ったのが「景観は必然の上にある」という考え方でした。
「かつての集落には、薪をとる雑木林、馬を養う草地、村人総出の茅葺きの葺き替え——風景と生活が一体となった集落の中だけで循環する生活が成立していたからこそできた。しかし現代では生活様式が変わり、その循環はいらなくなった。その中で、景観だけを維持することは現実的に困難。だからこそ、建築が風景を壊さないことは本当に大切なんです。」
Microbird周辺には、古民家が残る。古民家の大屋根が印象的な東側の立面を最初に描き、屋根の勾配を周囲の家々に合わせたのも、建築を“風景の壊さないため。
「建築家が家の中だけではなく、周りとの景観を考えることは少ないかもしれない。でも大切なことだと考えています」
そしてこの考え方が、“景観を壊さずに発電できる屋根”という選択肢、Roof-1 へとつながっていきました。

「Microbird」に採用されたRoof-1は、屋根一体型の太陽光パネルです。
屋根の勾配や立面のバランスを大切にしてきた藤井さんにとって、その“収まりの良さ”は大きな決め手に。
「価格は安くない。だが、施工性・耐久性・意匠性を総合したとき、『許容できるギリギリのラインに収まると思う」と藤井さん。
外観で諦めていた太陽光パネルも施工性・耐久性も含め、総合的に見て「僕が建てたい家の条件をすべて満たしてくれた。だからこれしかありませんでした。」と採用を決定。
現在、「Microbird」は旅館業申請を進めており、実際に滞在しながらその思想と空間を体験できる場として準備が進んでいます。
問い合わせ先:https://matsunomae.jp

Roof-1についてのご相談・資料請求はMonochromeまでお寄せください。
また、「Microbird」での宿泊体験(準備中)を通して、「発電する屋根のある暮らし」 もぜひ。







